子どもの言葉と民主主義と平和教育を大事にする附属小の教育は、戦後の長い歴史の中で継承され、発展してきたもので、附属小の教育が好きで、附属小にあこがれたからこそ、附属小の先生になられた方が多いのではないかと思います。なぜ附属小の先生になったのか。その思いをもっと聞きたい。けれど、報道では、先生方一人ひとりの思いは切り捨てられる。切り捨てられた部分を丁寧に紡ぎなおせば、決して閉鎖的な空間なわけではないことも、不適切な指導ではないことも、明らかになってくるのに。
はっきりと覚えているわけではないのですが、山田洋次の『学校』、最後の下駄箱のシーンで西田敏之演じるクロちゃんが、
「ぼくはできるだけ長くこの学校にいたいんだ。卒業生が学校に立ち寄ったときに、知った顔があれば安心するだろう」みたいなことを言っていたのが印象に残っています。
奈良県内公立小学校でつとめる私にとって、
奈良教育大学附属小学校は、憧れの場所であると同時に、山田洋次が描いた『学校』のような場所です。授業研究で困ったときには、あの教科の、あの先生のところに行こう。きっと相談に乗ってくれる。そんな安心感があります。だから、附属小の先生には、ずっと附属小にいてほしいと、駄々をこねます。
また附属小は、自分のぶれぶれの教育観を、いつも補正してくれる場所でもあります。附属小の教育、先生方、そして子どもたちの言葉は、自分が道に迷ったときに、あるいは逆に過信してしまったときに、立ち止まって考えるきっかけをくれます。
とにかく、附属小が今のまま、これからもあり続けることを心から願っています。